美作三湯の一つ奥津温泉は江戸時代より開かれ、温泉街となってきたのは大正時代のこと。「足踏み洗濯」が行われる露天風呂を中心に、川沿いにしっとり風情のある老舗旅館や民宿が立ち並びます。
その歴史をたどれば、神話時代にまで遡るという奥津の湯。かつてより名だたる武将たちがこの湯につかり、多くの人の疲れを癒し、惜しみなく新しい活力を与えてきました。江戸時代には津山城主、森忠政公が専用の湯治場を設けたといわれています。
■美肌効果抜群!美人の湯
泉質はアルカリ性の単純温泉。地下150mから噴き出すお湯は40度以上で、毎分1000リットルもの湯量を誇ります。
神経痛や皮膚病、リウマチなどに効用があるほか、漂白成分を含んでいるため、お肌は白くスベスベに!「美人の湯」として全国的な人気を集めている理由です。
無色透明な湯に身を沈めると、からだの芯までじっくりとほぐされて、白い湯けむりの向こうには、心洗われる自然の姿。
■足踏み洗濯
「足踏み洗濯」は奥津橋のたもとで行われる奥津温泉ならではの風習で、3月下旬~12月上旬の日曜日と祝日のAM8:30から約15分間観光用に実演が行われています。
「足踏み洗濯」は、かつて熊や狼を見張りながら川に湧き出る湯で洗濯していた名残で、姉さんかぶりに赤い腰巻きもかわいらしく、器用に足先で洗うしぐさはダンスをしているかのようで、奥津温泉のシンボル的光景として、観光客に親しまれています。
■歴史
今から400年余り前の戦国時代に中国地方南部の雄、毛利、赤松、宇喜多の諸将と山陰地方の雄、尼子、山名の諸将などの勢力争いは、中国山地を中心に行なわれていた。
大坂夏の陣で千姫を助けだし後に悲劇のヒーローとなった石洲津和野城主、坂崎出羽守が天正時代宇喜多左京亮詮家と名のっていた頃に創痍を入湯で癒したと伝えられ、戦国時代には多勢の人々が入湯し賑っていたことが伺われます。
■文人・墨客(奥津を愛した文人たち)
「...透明な不思議と深い秋津の気配へひたれば、もろもろの悩みも哀しみも、人間の清浄な祈りとなって閑寂な四辺へ霧消してくれたものであった...」。
奥津を舞台に書かれた作家・藤原審爾の小説『秋津温泉』の一節です。
小説の中だけでなく、実際に奥津の気配にひたって、心和ませた文人墨客は多く、松崎天民や与謝野鉄幹・晶子夫妻、岡野直七郎なども奥津を訪れ、歌や旅行記を残している。
※与謝野夫妻の歌は河鹿橋西詰から下への遊歩道「歌の小径」で鑑賞できます。
世界的版画家・棟方志功も老舗旅館「河鹿園」あるいは「奥津荘」に投宿し、両旅館にはその際の作品が現在も数多く残されているほか、「河鹿園」には志功の指導、設計で作られ、自ら命名した茶室「妙知庵」があります。
■鍵湯・御殿屋敷
その昔江戸時代に、津山藩が藩主や家臣のために専用の湯場を作り、一般の入浴を禁じるために鍵をかけたという「鍵湯」。
現在は、旅館「名泉鍵湯奥津荘」の浴場として利用されています。
【宿泊施設】 住所:岡山県苫田郡鏡野町
○河鹿園(かじかえん) 収容:50人
住所:奥津55 TEL:0868-52-0121
○
住所:奥津48 TEL:0868-52-0021
○
住所:奥津53 TEL:0868-52-0031
○般若寺温泉(はんにゃじおんせん)収容:12人
住所:奥津川西20 TEL:0868-52-0602
○
住所:奥津196-5 TEL:0868-52-0016 収容:25人
住所:奥津川西247-2 TEL:0868-52-0409
○ことぶき荘(ことぶきそう) 収容:20人
住所:奥津川西336 TEL:0868-52-0558
○旅館いしはら(りょかんいしはら) 収容:15人
住所:奥津川西556 TEL:0868-52-0703
○瀬音(せおと) 収容:15人
住所:奥津22 TEL:0868-52-0279
■所在地
岡山県苫田郡鏡野町奥津、奥津川西
■アクセス
中国自動車道院庄ICからR179号を倉吉方面へ約25分
■お問い合わせ
奥津温泉観光協会
TEL:0868-52-0610

美作三湯の1つ、「美人の湯」として名高い奥津温泉の花をテーマにした、リラックス&リフレッシュ空間。天然の温泉はもちろん、お食事や各種体験も楽しめる、心身ともに美人になれる、癒しの場所です。

